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政経調査会
2006.01.13.
談合が無くならない理由!
国家プロジェクトは誰が発案か!
官僚の独り言が現実となる!
独禁法改正で談合の方法が変わる!
国が行う大規模公共工事が、どのような発想から計画され予算化されるのかまったく分からない。代議士が主導したのか、業界が押し込んだのか、、、、。
「建設官僚が何かつぶやくわけですよ。いうならばそれが企画。すると、ゼネコンなどが寄り集まって手弁当で研究会や勉強会をつくる。そして彼ら民間で調査・研究し、図面の下書きや工法など企画の骨組みをつくる。官僚はそれをアレンジして提出する。官僚が自分で勉強するのも大変だし、それに官僚は失敗できない。要するに、計画は民間の費用でつくられる。参画した企業は見返りを求め、それには当然応えなければならない。だから、入札はシェアの割り振りだけ。このシステムでは談合は当然の帰結なんです」
あるゼネコン幹部はこの巧妙な仕組みについて次のように話した。
「役所からの意向は、まず建設省関係の社団や財団の協会、たとえば橋梁建設協会とかトンネル技術協会に伝えられる。ここに受託費が出て、そこに委員会ができ、業者が手弁当で参加する。この協会自体が官僚の天下り先ですから、そこに餌を出すわけで、まさに一石二鳥です。そこに携わった業者が受注するのは当然で、そうならなかったら大問題ですよ」
ならば、談合は官によって醸成されてきたことになる。だが、まぎれもない事実である。
退官後どこにも天下りせず「清貧の暮らしに甘んじとる」と豪快に笑う元建設官僚は、何とこういう言い方をしたものだった。
「助長なんていうものじゃない。それが指導原理としてまかり通ってきたんだよ。マスコミは談合けしからんと業界をつっ突いているが、まるで本質が見えていない。談合の根源は建設省にある。諸悪の根源は建設省なんだ」
誰しもが、建設省と業界の関係は、支配・被支配の関係と考えていた。計画立案についても、官が業にやらせると想像していたのだが、、、。まったく違っていた。
「頼んでいるんじゃない。教えを乞うているんだ。そうだろう、外郭団体にしたって業界にしたって、そこにいるのは自分たちの先輩だよ。じゃあ、なぜ教えを乞わなければならないのか。今の建設技官には自分たちでやる能力がまったくなくなっているんだ。一杯飲んでる時なんかに若い連中が何と言ってるか。『何たって鹿島建設省、下請けのマル建産業だからなぁ』そう自嘲しとるんだよ。マル建産業というのは、マルに建の字で自分たち建設省のことだ。それが、いまや下請けの能力しかなく、現実に建設省の業務をやっているのは鹿島や大成だと自嘲的に認めているということなんだ」
事実として、建設省の技術研究所には100人の技術者しかいないが、鹿島は1500人、業界全体では2万人の研究員がいる。業界が手伝わなければ何もできないのが現実なのだ。
では、建設省の技官はなぜそこまで能力低下をきたしてしまったのか。B氏はそれを「昭和30年ごろから建設省は直轄工事をやめた。それが契機だと思う」と言う。
それまでの建設省は、建設省直轄工事として道路にしろダムにしろ設計から施工管理まで役人である技官が自らやっていた。だが、1955年ごろを境に「事業官庁から行政官庁へ脱皮する」として直轄工事をやめる。おそらくそこには、土木工事を自らやっている「トンカチ官庁」「三流官庁」というコンプレックスからの脱出願望もあったに違いない。
そこに、新たに国土庁が設けられることになる。はっきり言えば、その時点で「国土行政を目指す建設省」は有名無実となった。建設省は総合エージェント的役割に入ってゆくことになる。設計能力・施工管理能力を失ってゆく建設省が、窮余の一策としてコンサルタントの養成を始め、ソフト部分はすべてコンサルタント担当することになった。その結果、技術者も含めて建設省は何をする役所かという疑問を深めているが今もって答えは出ていない。
1955年以降、能力と経験を持った技官は毎年ゼネコン各社へと転身し、建設省そのものが業界側にへばりついてしまった。まさに“鹿島建設省”は正しいことになる。鹿島出版が発行した建築・土木の発行書籍は実に膨大なものがある。考えてみれば、現在の建設官僚にとってのゼネコン各社は、自分らの能力を補って仕事を進めてくれる協力者であり、研究発表の場を与えてもらいながら、末は自分たちも行くところなのである。行政と業界の緊張関係など望むべくはない。このような環境の中で、談合は醸しだされて行くのである。
予算面でも同じこと。ダム工事が多かったとき、ダム設計は官がする。それに先立つ地層の調査などは官の予算では賄いきれない。そこで業界に投げ、談合で手を挙げた企業と共同で行うことになる。これは明らかに談合を前提としなければ成立しないのである。
「よく目にしたことだが、業界におる先輩が『ちょっと来てくれんか』と電話をかけてくれば、ほとんどが『ハッ』と言って出て行く。あるいは『飯でも食おうや』と言えば、喜んで尾を振って行く。だって、それじゃなきゃ自分が困る。建設官僚としての企画もできなければ仕事もできないんだから。まあ、教えてもらってるというのが主で、求められてるなんていうのはあんまりないはずだよ」
ここに一つの例がある。会計検査院の資料に東京湾横断道路の入札で「6つのトンネル工事の予定価格に対する落札価格の割合が、6つとも99.7%である」ことを指摘した議員がいた。それを伝えた朝日の『天声人語』は、建設省道路局長の「予定価格は厳格に機密を守っている」という答弁をとらえ「たまたま、つまり偶然」という説明はいかにも「苦しそうだ」と書いていた。
指名競争入札で、入札した全部の社が予定価格を下回れば予定価格が高すぎるという官の積算ミスになる。逆に全部の社が高値につけたら入札不調となり、参加者全員を外して指名から入札のやり直しになる。また、かりに制限価格を外して安値で受注するところが出たとしたら、大蔵省は以後同種の工事に対しては安い方の価格でしか予算を出さなくなる。そこで、適正かどうかはともかく官は自分が設定した予定価格に限りなく近いところで入札してくれることを求める。
「そうなれば官の方から予定価格を伝えなければならない。だから教えます。ただ十社全部には教えられないから、談合でうちが取ることになりましたと言ってきた社に教えます。OBなんか行かなくても営業マンが行けば教えますよ。だって、教えなければ自分の首が危なくなるんだから。つまり、現在の会計法が続く限りは、官側が談合を要求するんです。ですから、業の方に談合がなくならないかと聞かれても返答のしようがない。官がなくしたくないんです」
だからこそ、6つの工区とも予定価格に対する落札価格の比率が99.7%で揃うわけである。業界マンは「事実だよ。それはルール化されていることで、だから間違ったこと、悪いことをやってるなんて意識は毛頭ない。だからこそ、建設省と建設業界は成り立っているんだ」
ルール化と言えば、指名競争入札で10社指名するということは、原則的には10社それぞれが見積りをはじくということだ。であれば、官の方は図面と仕様書を10組揃える必要がある。ところが、官は一組しかつくらず、役所に閲覧に来いと言う。落札者は談合で決まっているわけだから、降りたところは見に来る必要はない。だが、それではいかんと必ず閲覧に来て署名することが求められるそうなのだ。その後、図書を購入する制度になり、落札者が図書購入費を負担し、図面等の図書は落札者が持って帰る仕組みになっている。
数量一式表に単価をいれ、合計数字を入れる方式は今でも変わらない。このシステムは、地方建設事務所はもとより県であれ市であれまったく変わらない。各市に土木職・建築職が何人いるか、どれほどの経験を持っているかという問題に関わってくるからである。市によっては建設課長が事務屋というところも少なくない。その場合庁内の設計や積算やチェックは誰がやるのか。初めから無理があり、談合システムにのっかている役所と断言できる。
諸機能を地方へ移転し小さな政府をと言っている。しかし、中央省庁は反対する原因がここにある。地方へ移しても機能するのかと危惧している。中央が満足でないのに地方でどれだけ運用可能か疑問視している。
タテマエ通りの運用は初めから無理であり、それが何とかなってきたのは談合システムあればこそだったわけである。役人に能力がなくても、指名競争入札によって信用できる業者にやらせることができているからにほかならない。「もしこのシステムが崩壊したとしたら、日本の公共工事は収拾もつかない混乱に陥るに違いない」というのは、この現実を言っているのだ。
その良い例が、05年11月に発生した、耐震偽造問題である。民間委託が必ずしも良いものでないと言う例として、国土交通省はここぞとばかりに規制を持ち出し復権を狙うことであろう。失地回復のチャンスである。
本庁の失権をカバーするのに地方公務員の人事権の掌握がある。市・県土木部と建設省地方建設局の人事はリンクしている。地方自治について、国土交通省の人事権は地方にも及んでいる。ということは、知事がいかに厳正であっても、土木部長の立場で業者と癒着することはあり得るし、現に、定年で土木部長を退官した者が建設会社の役員として天下っているわけですからね。という日本海側の元県知事の言葉である。
独禁法が変わろうと、談合方式が進化し、あらたな談合システムが始まる。
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